総務省から公開されている情報や映像新聞の記事を総合すると、現時点での 4K/8K 放送の見通しは次のような内容となっています。
このうち、BS左旋とCS左旋は 4K/8K 放送を始めるにあたって新たに割り当てが行われた電波で、BSアンテナとブースターや分配機といった宅内配線設備を左旋対応のものに変更しなければ受信できない電波なのですが、NHKや民放キー局が4K放送に利用するBS右旋は既存のデジタルBS放送が利用しているのと同じ電波なので既にBSデジタルが視聴可能な世帯であれば対応TVを購入してアンテナ線と接続するだけで視聴が可能になります。
こうした情報は、総務省が2015年7月に公開した「4K・8Kロードマップに関するフォローアップ会合 第二次中間報告書」[URI] や同じく総務省が2016年10月に公開した「BS・東経110度CSによる4K・8K実用放送の業務等の認定申請の受付結果」[URI] さらに映像新聞の記事 [1] [2] [3] を見ると確認できます。
BS右旋での4K放送が行われず左旋での放送しか行われないのであれば、集合住宅に居住していることもあり「ど〜せアンテナとか工事しなきゃ見れないのでしょ、管理組合を説得するのも面倒だし受信できないままでいいよ」とかひねくれて「4K配信とUHDBDが見られればそれでいいや」と現時点で4K TVに飛びついてみるのもありかなと思うのですが、流石にホンの 2 年ちょい待つだけで対応 TV の発売がありそうな状況ではもう少し待ってみようかなという気持ちになってしまいます。
12/10追記。NHK経営委員会の2016年10月11日の議事録 [URI] を参照すると、NHKは2018年12月1日から4K/8K実用放送を開始するという内容で総務省に申請を出しています。
ロードマップを実現するために無理でも2018年中に実用放送を開始しなければならない感が漂ってくる素敵な放送開始予定日の設定だなと考えています。
さて、このページにたどり着いてしまうような方々が気になっているであろう、4K/8K放送に対応したアースソフトPT4とかが発売されるかどうかですが、まず発売されることはないだろうと予想しています。
4K/8K放送の技術仕様や運用規定はほぼ固まっており、ARIBで (今年10月から有料化してしまいましたが) 公開されています。ARIB TR-B39 (高度広帯域衛星デジタル放送運用規定) を読むと判ることですが、4K/8K放送でも現在のデジタル放送と同様に無料放送であっても暗号化されて放送が行われます。この暗号化を復号することができなければ4K/8K放送は視聴できません。
HDのデジタル放送の際には空気を読まないはた迷惑な人がARIB STD-B25 仕様確認プログラムとかを配布したせいで「TSさえ手に入ればだれでもデジタル放送を好きなように利用可能」ということが知れ渡ってしまい、あちこちで便利なソフトウェアが開発されたわけなのですが、4K/8K放送では流石に後発規格だけあってそうしたことは難しくなっています。
実際の暗号化方式の詳細はARIB STD-B61 (デジタル放送におけるアクセス制御方式 [第2世代] 及びCASプログラムのダウンロード方式) に記載されています。こちらを既存のデジタル放送の暗号化方式の規格であるARIB STD-B25 (デジタル放送におけるアクセス制御方式) と比較してみると次の表のような状況になっています。
STD-B25 | STD-B61 | |
処理の流れ | Km/Kw/Ks を使った三重鍵方式 | |
コンテンツ暗号アルゴリズム | MULTI2 (64bit) | Camelia (128bit) AES (128bit) |
Ksの伝達方法 | 放送データに多重化されたECMを利用 ECMは放送事業者毎に可変のKwで暗号化される |
|
Kwおよび契約情報の更新手法 | 放送データに多重化されたEMMを利用 EMMはモジュール毎に個別のKmで暗号化される |
|
CAモジュールとの通信方法 | ISO 7816 (スマートカード方式) |
|
CAモジュールの提供方式 | スマートカード形式 (ユーザーが交換可能) |
ICチップ形式 (受信機から取外不可) |
CAモジュールと受信機間のKs受け渡し | 平文 | 暗号化(仕様非公開) |
表を見れば判るように二つの仕様は共通の部分が多く違いは少ないのですが、次の問題からOSS開発者がARIB STD-B61 仕様確認テストプログラムとかEDCBとかTVTestを作るのは難しくなっています。
気合の入ったTV狂いであれば受信機からCAモジュールを引っぺがしてスマートカードIFに接続してPCから利用しようとする人も居なくはないと思うのですが、流石に仕様非公開の暗号化方式を解析してKsを入手しようとするのは……CAモジュールにバックドアがあって内部のプログラムが完全取得され解析されてしまうとかのまずありえない事態がなければ難しいでしょう。
なお、ARIB STD-B61のタイトルにある「CASプログラムのダウンロード方式」というのが気になり、Ksの暗号化方式が解析されて公開されてしまってもCASプログラムがダウンロード方式で更新されてしまうのでしょと心配する人もいるかもしれませんが、運用既定であるARIB TR-B39の第四編で「限定受信機能更新用途のエンジニアリングサービス運用は行わない」と書かれてたりするので、CASのダウンロード機能とかを運用する予定は存在しないようです。
12/11追記。CAモジュールと受信機の間のKsの暗号化手法の特定だけであれば、CAモジュールの解析とかではなく次のような事態の方が実質的な脅威になるのだろうなと思ってます。
謎:対応受信機つくりますんで、新CAS協議会 (http://www.acas.or.jp/) さんちょっと契約してください。
謎:なるほどこうやってKsとりだすんですねー。頑張りますぅ。
謎:あれー銀行さんから予定してた融資が受けられませんでした、ほな廃業します。
……数か月後、なぜか github の片隅にKs暗号化仕様が公開されている姿があったとかなかったとか。
このシナリオは別に私が考え付いたという訳ではなく、数年前に総務省のデジコン委でRMP方式 (ソフトウェア方式) が検討されていた場で、参加していた委員のどなたかが「仕様開示だけ受けて廃業するような場合の対処は考えてるのだよね」と指摘してた内容だったりするので、当然その辺りは考慮の上で「CASのダウンロード更新運用は行わない」という規定を決定したのだろうなと信用しています。
折角の機会なのでもう少し新しいCAモジュールについて掘り下げてみます。まず、2015年7月に総務省が公開した「4K・8Kロードマップに関するフォローアップ会合 第二次中間報告」[URI] の報告書本文の中で、4K/8K放送で利用する新しいCAモジュールについて次のように記述されています。
新CASについては、NHK、スカパーJSAT株式会社、株式会社スターチャンネル、株式会社WOWOWの4社が、高度BS放送等で利用する新たなCASとして、現2K放送のCAS方式を強化・拡張したCAS ICチップを開発することとし、「新CAS協議会準備会」を組織し、4K・8K対応のCAS ICチップの開発に取り組んでいる。このCAS ICチップは、現・2KCAS方式と4K8KCAS方式の両方に対応し、4K8KCAS方式は、スクランブル暗号鍵(Ks)の128bit化に対応するほか、Ksを暗号化して受信機に受け渡すなど、セキュリティの強化が図られている。今後、2015年には4K8KCASの技術方式の開発と、規格化作業(ARIB標準規格、NexTV-F運用規定)を進め、2018年秋頃にはICチップの出荷を見込んでいる。また、4K・8K試験放送に向けて、関係者において、CAS ICチップ供給前にICチップでない形態(例:ICカード等)での新CAS提供や4K・8K実用放送における継続使用等の課題についても検討が進められている。
この記述の中で個人的に重要と感じたところに下線を引いています。最初の下線部についてですが、新しいCASチップは4K/8K放送向けのARIB STD-B61の機能だけでなく、現行デジタル放送向けのARIB STD-B25 (B-CASカード) の機能も備えた形で提供されます。
つまり、新CASチップを搭載したTVではB-CASカードの機能も新CASチップで賄われるようになるため、B-CASカードスロットが不要になります。当然、新CASチップを搭載したTVにはB-CASカードスロットは用意されなくなり、既存のデジタル放送の視聴に関しても新CASチップのB-CAS互換機能が利用されるようになるでしょう。
メールアドレスを公開している人であれば、有料放送を契約なしで視聴できると謳う変造CASのスパムが現在でも週に何通かとどいてクソうざい気持ちになっているかと思います。新CASチップを搭載した4K/8K対応TVで世間に存在するTVが置き換わっていけば、そうした変造CASカードを利用できるTVが消滅していくということで、例えば2028年頃には変造CASカードの販売を謳うスパムメールも一緒に消滅しているかもしれません。
次に二つ目の下線部についてです。これは推定ですが、新CASチップでは既存のスマートカード対応汎用チップを買って来てソフトウェアで機能実装するという方法はとらずに専用チップを新たに作ろうとしているようです。おそらくこれが原因となって新CASチップの提供可能時期が2018年秋とかなり先に設定されてしまっています。
ロードマップでは2018年に4K/8K実用放送を開始となっていますので、対応TVの開発を考えればもう一年早く新CASチップが欲しいところです。しかし、B-CASカードの場合は汎用CPU+ソフトウェアの組み合わせで作っていたがためにバックドアから吸い出されたファームウェアを解析されて変造CASを作られてしまったという先例があるので、そういった提供可能時期を早める方向での決定はできなかったのかなと想像しています。
ひょっとしたら、新CASチップではブロック暗号の処理等を専用ロジックを使ってやらせることにしたから、運用規定でCASのダウンロード更新を諦めることにしたのかなと考えることもあるのですが、流石にこれは妄想が過ぎるかなとも思っています。
最後に三つ目の下線部についてです。かといって、2018年秋まで新CASチップが提供されないのでは試験放送を使ったTVの開発や検証もできないしということで、検証やTV開発者向けにB-CASカード同様のスマートカード形式でソフトウェア的に新CASチップと同じ機能を実現したものを提供して開発段階ではそちらを使ってもらうということが予定されているようです。
それだけならばそれなりに妥当な判断だと思うのですが、実用放送が行われているのに対応TVが発売されないということを避けるためか、その検証用のスマートカード形式の新CASを4K・8K実用放送で継続使用するとかも選択肢に上がっているようです。
流石にそれを認めてしまったら、専用チップ作る意味が全て吹き飛んでしまうように思えるので、実現可能性は低いと思います。思いますが、もしも仮に2018年に販売される4K/8K対応TVがスマートカード形式のCASカードスロットと、CASカードの組み合わせで販売されるようなことがあるとしたら、飛びついておくと色々と楽しめるかもしれません。
BS右旋であれば既存の衛星デジタル放送とアナログ的には同じ電波なので、既にBSデジタルが視聴できている人であれば実用放送開始後は対応TVを買って来て壁面のアンテナ端子とアンテナケーブルで接続するだけで視聴可能になるとこれまでに書いてきました。では、現在集合住宅に暮らしている人がBS左旋やCS左旋を受信可能にしようと衛星共同アンテナ等の改修をする場合にはどのぐらいの費用がかかるのでしょうか。
その予想をするのに恰好の資料が総務省の「4K・8Kロードマップに関するフォローアップ会合 第二次中間報告」[URI] の参考資料の中にあります。(株) NHKアイテック「集合住宅における東経110度CSデジタル放送又はBSデジタル放送に関する左旋円偏波の受信可能性に関する調査 調査結果報告」という部分なのですが、丁度プレゼンの1ページに状況説明が収まっているページがあったので、下に画像形式で引用します。
これは集合住宅の場合ですが、「BSアンテナ交換だけで視聴可能になる建物は一軒もなし」「主幹ブースターの交換とか補助ブースターの追加で見られるようになる建物が7割ぐらい」「場合によっては個別の宅内の壁面端子とか分配器の交換が必要になることもある」的なことが記載されています。
数年前、居住している集合住宅の受信設備が110度CS (IF周波数の 1.6 GHz 〜 2.1 GHz) に対応していなかったので、この引用資料の「③ 中規模な改修」に相当する工事を管理組合にお願いして行ったことがあるのですが、その際には40戸の建物の場合で約160万円ほどかかっていました。一戸あたりに換算すると約4万円です。
まともに修繕積立金を積んでいる集合住宅であれば出せなくはない金額だとは思いますが、管理組合への依頼とか、理事会での「4K/8K放送受信できた方が資産価値が上がりますよ」といった説明が必要で面倒というのが正直なところです。
なお、建物によっては地上波をケーブルテレビ経由で受信していて、その関係で「定期的に個人宅に立ち入りして受信状況の検査を行う(ついでにケーブルテレビの有料契約の勧誘をする)代わりに、共同受信の配線設備に更新が必要になったらケーブルテレビ会社が費用を負担する」という契約をしている場合があります。この場合、BS/CS左旋対応改修の費用のほとんどをケーブルテレビ会社が負担することになるので、管理組合側の金銭負担はぐっと少なくなります。
こうした場合は管理組合とか物件所有者の説得はすんなりと通りやすいので「テレビ受信配線の点検について」といったケーブルテレビ会社からのチラシが入っていたことのある人は来年あたりに管理組合や大家に依頼してみると良いかもしれません。