文化庁の文化審議会 著作権分科会では、今期、出版関連小委員会というものが設置され、出版者に電子書籍に関する何らかの権利を与えて、ネット上での海賊版等に出版者が対応できるようにするべきではないかという件についての検討が行われています。
この出版関連小委員会は、5月13日に開催された第1回から先月末の7月29日に開催された第6回まで、短期間で集中的な審議が行われており、そろそろ報告書作成に向けたまとめに入りそうかなという状況になっています。なかなか楽しそうな話が聞けそうだったので、これまでの全六回を傍聴して、非公式議事録 [ 第1回 | 第2回 | 第3回 | 第4回 | 第5回 | 第6回 ] も一応作成していたので、どんなことが話し合われていたのか、そしてどんな報告書にまとまりそうなのかということを感想と共に書いておくことにします。
この出版関連小委員会が設置された直接の理由は、昨年、「出版者に対して『版面権』という著作隣接権のようなものを与えるべきで、議員立法によってその実現を目指すべきではないか」という動きが持ち上がり、民主党・自民党の超党派の議員連盟によってその実現に向けた動きが現実化しはじめたという事情にあります。
この「版面権」に関して、主に国内外で海賊版被害のうち大きな比率を占めているマンガの著作者から「版面」と「原稿」は区別可能なのか、「版面権」と言いつつ「原稿の著作権」が削られるのではないかという懸念が持ち上がり、また書籍の利用者側からも「隣接権」という新たな権利の創設は著作物を利用するさいに必要な許諾を得なければならない者が、これまでの著作権者一人から、著作権者と著作隣接権者の二人に倍増し、利用に際してのハードルが高くなるという問題意識も表明されていました。
このような背景事情から、文化庁の文化審議会に「場」を設けて、この問題に関係する利害関係者・有識者の方々に委員としての出席し議論してもらうことになったという「場」が、この出版関連小委員会です。
出版関連小委員会の委員構成は、出版者(講談社・集英社・医学書院)、著作者(作家・写真家・漫画家・絵本作家)、法律家(弁護士・大学教授)が主なグループで、おそらくは議論に参考意見を出すために、印刷や取次、消費者団体、経済団体から一名ずつ参加という状況でした。主なグループがどういったことを主張していたかを私が理解した範囲でまとめたものが次の表になります。
グループ | 主張 |
出版者 | ネット上で行われている違法配信を出版者の意思で止めたい。 出版物に関する一定の権利を出版者が持ちたい。(ただし手続き・費用・義務等は最小化したい) |
作者 | 現在持っている権利をできるだけ維持したい。(出版者との契約時、本来は弱い個人である作者の立場をできるだけ強く保つために) 違法配信は止めたいし、出版者が対応してくれるのならばありがたいが、その為に差し出す権利は最小化したい。 |
法律家 | 国内の法体系の整合性を取りたい。 法理論的に説明可能な制度にしたい。 海外の制度との調和も取りたい。 実務(契約交渉や訴訟)上の問題が少ない制度にしたい。 |
こうした方々が参加していた委員会ですので、上の表の主張部分を見れば大体想像が付くように、出版者側は自分たちの希望を盛り込んだ形になるような制度を推して、権利者側がその制度に対してソレは良いがコレはダメ等と云々し、また法律家側も法制度全体の整合性や法理論的な説明が可能かという観点から諸々コメントを出すという形で進みました。
具体的な議論の進み方としては、現行法で紙の出版物に関して用意されている「出版権」を電子出版に対応したものに拡張(中山提言)する、あるいは「出版権」に類似した、電子出版に対応した権利として「電子出版権」を創設する(経団連提案)という二つの案を中心に検討を進めようという形になるまでが第2回まで、第3回からは具体的な権利の内容について検討していき、7月末の第6回の時点で小委員会の主査を務めておられる日本大学大学院の土肥一史教授から「これまでの議論を踏まえて、次回は事務局から報告書案を一旦まとめて欲しい」という趣旨の発言がされました。これが現時点までの確定事項です。
今後は、次回か、遅くても次々回までには報告書案がまとめられ、その後政府において報告書の内容に従った著作権法改定案の形として、次回の国会に提出され、著作権法改定が行われるというのが、過去の著作権法の改定事例を踏まえての予測となります。
議論の軸の一つとして据えられた中山提言は次のような内容のものでした。
現行法の「出版権」という権利は「頒布目的での複製」を特定の事業者にのみ認める契約を、著作権者と出版者が結ぶことで発生します。この権利は排他的な権利、つまり独占権ですから契約外の事業者がそれを侵して「頒布目的の複製」を行った場合にはこの独占権を盾に複製の差し止めや複製物の破棄を法的に求めることができます。つまり、出版権を持つ者が自身の判断で海賊版に対応できるようになるわけです。
現在の出版権は「紙」の出版に関する「頒布目的の複製」に関する権利しかありませんが、これを電子書籍の配信等についても独占的な契約とすることで配信等に関する権利も持てるようにしようというのが「中山提言」の根幹です。
ただし、出版権は契約さえすればそれで認められるものではなく、著作者から原稿の引き渡しを受けて6ヵ月以内に出版を行う義務があったり、継続的に出版をおこなう義務があったり、重版の際に著作権者が内容の更改を求めたら、それには応じなければいけなかったりといった義務も同時に負うことになります。
出版者がこれらの義務に違反した場合、著作権者は出版契約を解除して出版権を出版者から取り上げることができます。こうした出版義務違反を理由とした出版契約解除に関して、著作権者側にペナルティは発生しません。
出版義務を出版社が順守できれば問題ないのですが、ネット上での無許諾配信では、雑誌連載の誌面からスキャンして(翻訳版セリフを付与して)配信するということが行われています。雑誌掲載の時点では、雑誌という媒体の特性上「継続出版義務」を果たすことができないため、出版権の設定契約は通常行われていません。このため、雑誌掲載から単行本が出版されるまでの間は、出版者は海賊版対策が不可能になってしまいます。
こうした背景から、「中山提言」の3番目の項目、「特定の版面に限定した権利」というものが提唱された訳です。この権利は出版権とは分離して、つまり出版義務とは切り離した形で権利行使が可能な何らかの権利を用意する必要があるという趣旨で提唱された項目なのだろうと私は理解しています。
小委員会では、この「中山提言」の3番目の「特定の版面に限定した権利」が議論の焦点となりました。
まず、「中山提言」ではこの権利を設ける理由を「企業内複製等、出版とは言えない行為にも対応するため」と説明していたので、既にそれらの行為の包括許諾を担っていた日本複製権センターの理事を務めている委員や契約の相手方となっている企業団体からの委員から反対を受けました。さらに、出版者からも「既存のビジネスの慣行に大きな変化をもたらすことは望んでいない」とそこまでの権利は求めていないと否定されてしまいました。
加えて「特定の版面」という形で、著作者からの抵抗が強かった「版面権」を連想させる言葉が入っていたこともあり、漫画家・絵本作家・写真家等の著作者からも反対を受けました。
最終的に「特定の版面に限定した権利」は小委員会の委員から支持を得ることはできず、捨てられることになった訳ですが「中山提言」に連名していた委員は最後の抵抗を試みます。「電子版に対応した出版権は、既存の紙に対する出版と一体のものとして設計して、紙だけでも出版義務を果たしていれば出版義務違反にはならず、出版者が電子書籍の出版権を維持可能にすべきだ」と主張します。当初は「出版権は一体のものとして設計して電子版の出版義務を守れない等、一部でも出版義務違反があれば出版権全体を消滅させることができる」と説明していたのにもかかわらずです。
そうまでして「出版義務」を最小化した形での権利を出版者に持たせたかったのかと、感服することこのうえありませんが、こちらも作者側から「そこまで出版者を信頼できない」と、また法律家側からも「電子出版を行わない者が電子版の出版権を持つのはおかしい」と否定されてしまいました。
第6回の主査の発言を聞く限りでは、出版関連小委員会報告書としては次のような形のまとめとなるのかなと推測しています。
この点について、非常に示唆深い主査の発言があったので、紹介しておきます。「電子出版に関して、制度が調えられたにも関わらず、あえて紙のみの契約しかしなかったのであれば、それは電子版の海賊版に対して権利行使できなくても仕方がないのでは」という趣旨の発言 [URI] がありました。
電子書籍に関して、新刊の amazon での配信遅れにやきもきしている一般消費者の立場としては、これならば電子書籍の流通がすこしは進むのでは、紙・電子同時配信も盛んになるのではないかと期待できるのですが……電子版の契約に対する不信から、あえて「紙のみ」に拘って契約をしている著作者としては複雑な立場だろうなと思います。
一方、文化庁でのこうした議論を受けて、「電子書籍と出版文化の振興に関する議員連盟」(出版者団体からのロビーイングを受けて設立されているものと邪推)では……「中山報告の実現のためにも、議員立法でやろうじゃないか!との方針を確認」(馳浩 公式ブログ 8/6 記事 [URI])だそうです。
なんと言うか、本当に露骨な動きですね。よっぽど「特定の版面に対象を限定した権利」に未練があるんだろうなと思わずにはいられません。